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以前的我總會把心情放心裡,

將就別人的不開心,

長越大,

漸漸覺得每個人都有在意的事,

不爽的事,

我只是把自己掩飾的很好。

每個人都有累的時候,

但是不要置氣在別人身上,

傷到自己愛的人。

有朋友說我看起來像是不在意很多事情,

不是我不在意,

而是我不care

去海邊散散步

換個心情吧

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秋分の日

日が短くなったわ。夏を越したのだと気づいた秋の夜。

晴れてて海でも行こうかと思ったけど、なんとなくカラオケに行ってしまった。

そしたらJOYSOUNDとアイナナのコラボドリンクなんかあって、コースター貰えるとかいうから大好きな六弥ナギのドリンク頼んだんだけど、コースターはガチャ方式で引かされたら環だったとか。。

環かよ〜(環推しの人スマン)

ナギじゃなくてももう少し違う人がよかったなーなんて。まあいいけど。

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第6回 新潟の心霊スポット

先月11日。私は地元の友人に会いに新潟へ帰省した。

 新潟駅で待ち合わせて友人(ここではA)の車に乗り、中高生時代によく遊んだらいた友人(ここではB)の家を目指した。

 だが、BはLINEで「腹が痛いから遠慮しておく」というメッセージを送ってきたので、会えなかった。

 そういうわけで、友人Aと一緒にこれからどこへ行くのか考えた。

 Aは、

「これから心霊スポット巡りでもしない」

 と提案してきた。

 私は以前から興味のある場所があったので、「行く」と答えてAのワインレッドの車に乗り、新潟市内の心霊スポットが集中する角田浜の界隈に行くことになった。

①赤い橋

 まず、二人は有名な心霊スポットである「ホワイトハウス」へと向かおうとしたが道に迷ってしまい、越後七浦シーサイドラインをまっすぐ突き進んだ。

 シーサイドから見える景色は曇っているのもあるのか、海と分厚い雲しか見えず、空気が重たく感じた。

 ちなみに、晴れているときは海も綺麗で、向こう側にある佐渡島を見ることもできる絶景スポットである。

 シーサイドをしばらく進むと、赤い橋が見えてきた。

 この赤い橋は地元民からも恐れられているいわく付きの橋で、「話しながら渡ると事故に遭う」、「白いモヤを見た」といった声があとを経たない。

 私はそんなことはつゆ知らず、例の橋を友達と話ながら往復したが、何も起きなかった。

 だが、その後に怪奇現象は起きた。

 目的地をホワイトハウスから日蓮岩屋に変えようとして、友人が道をチェックするために脇にあった道に車を停め、Googleマップをひらいて道順を確認したとき、私の鞄についているファスナーが一人でに揺れ始めたのだ。しかも、その車内は密室で、エアコンもついていない。

 私はこの怪奇現象に驚いたが、友人の「そっとしておいた方がいい」という言葉を聞いて、冷静になった。

②七面大天女岩屋

 二人はシーサイドを抜けて砂浜に車を止めた。

 そこから道路を渡ったところに、小さな舗装されていない道があった。

ここは、日蓮宗の開祖である日蓮が鎌倉龍ノ口の難の後、佐渡に配流になった際に天候が荒れていて船が出せなかったときに立ち寄った場所で、そこでは大蛇が村人を困らせていた。

 日蓮はその大蛇を退治し、「もう村人を襲わないこと」と「村を守ること」を大蛇に約束させた。

 以来、ここは村の鎮守として大切に扱われてきた。

 だが、一見聖地のようにも聞こえるが、今回のテーマは「新潟の心霊スポット」なので、心霊スポットであることを忘れてはならない。

 特にその場所として名高いのが、奥にある「賽の河原」と呼ばれる場所である。

「賽の河原」の本来の意味は、仏教の世界観で死後、死んだ人が渡る三途の川にある河原のことで、そこには死んだ人の服を脱がせる奪衣婆という老婆と川と河原の渡し守をする翁がいるとされている。

 また、親よりも早く死んだ子供が石積みをしていて、最後の一つになると鬼が現れてそれを崩しに来るという話もあり、そんな哀れな子供たちを地蔵さまこと地蔵菩薩が助けに来るという信仰もある。

 話は戻るが、ここにある「賽の河原」と呼ばれる場所は、誰もいない真夜中の洞窟で勝手に石が積み上がるという伝承があり、積み上がった石を崩すと、帰りに事故に遭ったりするという噂が地元で囁かれている。

 私と友人は左側にあった日蓮の像を拝んで、洞窟の中に入ろうとしたが、中は真っ暗闇で何も見えなかったため、積み上がっていた石を崩してしまうことも考えられるので、奥に行くことは辞めた。

──続く──

語釈

鎌倉辰ノ口の難…日蓮が著した『立正安国論』を鎌倉幕府五代執権、北条時頼に提出した際に、元(モンゴル)の襲来や他の宗派への攻撃的な文面を書いていたことから、時頼の逆鱗に触れて鎌倉の辰ノ口で打首となった際に雷が落ちたという逸話。その一件で恐れをなした幕府は死罪から佐渡への島流しに罪状を変えた。

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第5回 富岡八幡宮

 私はゴールデンウィークに江東区にある芭蕉記念館と富岡八幡宮へ行った。

 芭蕉記念館はかつて松尾芭蕉が住んでいた芭蕉庵の近くにある博物館で、主に松尾芭蕉の記録や江戸の名所についての史料を展示している博物館である。

 私はそこをさっと見て隅田川を渡り、富岡八幡宮へと向かった。

 富岡八幡宮とは、東京では十本の指に数えられる神社で、深川の祭りや力士が新横綱の土俵入りが行われることで知られている。

 また、昨年に富岡八幡宮の宮司が元宮司の弟に日本刀で刺殺され、弟は「死んでもここ(富岡八幡宮)に残り、怨霊となって私の要求に異を唱えた宮司総代とその子孫を永久に祟り続けます」という呪いの遺書を残して死んだ事件の舞台にもなっている。

 本来は富岡八幡宮に行く予定は無かったが、新潟に住んでいる友人が、「富岡八幡宮の怨霊事件で実際に怨霊の効力で観光客が減ったか見てきて欲しい」といっていたので、見に行くことにした。

 鳥居をくぐり抜けると、日光猿軍団の猿芸をやっていたが、本来の目的は「富岡八幡宮事件の怨霊の効力の調査」と「参拝」なので、立ち止まって見ていく程度にして、手水舎(てみずしゃ)へ向かって身を清めて本殿へと向かった。

上の画像のように、紅い丹が塗られた柱にところどころに装飾され、金箔の張られた彫刻が本殿の荘厳さを際立たせている。 上の画像のように、紅い丹が塗られた柱にところどころに装飾され、金箔の張られた彫刻が本殿の荘厳さを際立たせている。

参拝が終わった後、おみくじを引いた。
結果は「中吉」で、大吉を引いたときほどの嬉しさは無いが、嬉しかった。

 近くにあった休憩所で休んでいると、鳩が三羽降りてきた。 鳩は私の目の前で上の画像のようなトライアングルを描いた後に、私のいる休憩所に向かって、小さな歩幅でトコトコと歩いてきた。 私はこれを「吉兆」ととらえた。
なぜなら、八幡社において鳩は、祭神である八幡神の使いとされるからである。

清和源氏の氏神として源頼信が京都の石清水八幡宮から本拠地である鎌倉に勧請(かんじょう)したとされる「鶴岡八幡宮」という神社があるが、画像にある看板に書かれている「八幡宮」の「八」の字が、鳩の形になっている。
ここからもわかるように、古くから八幡宮にとっての鳩は、「神聖な神の遣い」であったことがわかる。
話は戻るが、富岡八幡宮の参拝客は思っていた以上に少なかった。
後にそのことを友人に話したところ、「怨霊の効力だな」といって、死後まで残る人間の執念に畏れを感じていた。

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