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Edmodo Con 2017 の感想など

少しだけ Facebook に感想を書いたのでこちらに転載しておきます。

Edmodo Con Japan 2017 でのある問いかけがありました。
「人類の知見やあらゆる情報が Google や AI などの電子的な情報源から容易に入手できるようになった時、教師の役割とはどのようなものになるのか?」

10年後、君に仕事はあるのか?
藤原和博校長/奈良市立一条高等学校
というセッションでの問いかけであり、世の中ネットの藤原氏の考えでは、
http://yononaka.net/「電子情報源から知識自体を得ることはできても、それを利活用すること、そして知識の対象を好きになること、といった感情の部分は人間にしかできないことではないか、そこが教師の重要な役割となるのではないか」

ということでした。もっとも過ぎるくらいもっともな意見だと思います。

ただ、少しだけツッコミを入れておくと、AI や Google はそれほど関係ないし、これまでだって辞書や本、テレビなどからも情報を得ることはできましたから、実は古い歴史的な課題、問題提起だったのではないかと思います。

AI の時代ですから、こう言った古い問いが再認識、再評価され、議論になるのはとても良いことだと思います。

さて、私も藤原氏のご意見には大いに賛同するところではありますが、古いテーマの問いかけなので、これまでに私なりに掘り下げてきた部分がいくつもありますので、とりあえず一部だけでも紹介しておきます。

 

これまでもネットやコンピューターをはじめとしたテクノロジーの進化により、知識や情報の入手はどんどん容易になってきました。

 

また上述の通り、これは近代の ICT に限定した話ではなく(古代の文字や紙の発明に始まり、製本技術、グーテンベルグの活版印刷の発明、グラハムベルによる電話/遠隔通信の発明、ラジオやテレビの発明、インターネットの発明などにも共通した話ではあります)、何らかの技術的なブレークスルーがある度に、知識の入手性は上がってきたのです。

 

そして、それが今はコンピューター、インターネット、AI によって更に容易になったに過ぎません。

 

さて、そのような情報の入手性の向上は社会や人に対してどのような変化を及ぼしてきたのでしょうか?

 

ある変化以前と後を比較してみると、知識や情報というものが、それを入手することが困難だった時代には一部の特権階級や知識階級、または高価な書籍を所有、閲覧することができる大学生や家庭などに限定されていたものが、変化以後はより広く一般の市民にまで降りてきた、と考えることができます。

情報の民主化、と言った考え方です。

 

もう少し身近で具体的な例で考えてみると、ある職場での業務に必要な知識や情報やノウハウといったもので、文書化されたりマニュアル化されていないものというのはたくさんある(あった)と思います。

 

それらを職場の上司や先輩や先任者といった人々は個人の知識や経験としてもっており、部下や後輩や新入社員といった人々に対して業務上の当然のアドバンテージであり、差別化要因でもありました。

また、そのような情報を持っていることにより、後輩達は先輩に頼り、尊敬することになり、職場の秩序維持に役立っていたということもあります。

 

しかし、それらの全てではありませんが、割と多くのものは、文字や文書化、マニュアル化できるものであって、きちっと情報やデータ、それを活用するインフラを整備すれば、属人性を排除して、より利便性の高い情報ソースとすることができる場合が多いのです。

 

現実は、それらを整備する時間や予算もノウハウもない、ということもあるでしょうし、お年を召された上司や先輩達にとって、自身の威厳や尊敬やサラリーの根拠となる、アドバンテージを自ら手放したり、陳腐化させたりすることに予算や時間を割く強いモチベーションなどあるはずもありませんでした。

 

それが、情報とその伝達技術の発展によって、特に昨今のネット(検索技術)や今後の AI 技術の発展によって、「単に知っているかどうか」というレベルの情報については、職場の上司や先輩(もっというと生身の人間)に頼ることなく、ネットなどで検索した方が、よほど一般化された精度の高い情報が得られるようになっていたりするのです。

 

これでは上司や先輩方の存在感は一気に減少し、後輩達にとってもそれほど役に立つ情報源でなくなってしまうことから、尊敬も得られづらくなることでしょう(割と多くの場面で実際にそうなっているのではないでしょうか)。

 

これは知識の「深さ」ではなく「広さ」や「量の多さ」「情報入手の速度」で勝負をしてきた専門職の人々にも当てはまる話で、例えばマスコミや弁護士、手業や精神的な要素をのぞいた部分の医師ですら成り立つ話です。

 

自身できちんと裏取りや考察を加えずにただ得られた情報を右から左に流すだけの新聞やテレビや記者達の存在意義はわずかなものです。

 

また、その辺の医師に相談するよりも、医療機器で測定できるデータを AI に渡した方が正確な診察結果を得られるような時代に既になってきています。

 

このような時代においては、やはり知識や情報の「量」「広さ」だけ、あるいは単にそれを「持っていることだけ」を売りにしていくのは職業/プロフェッショナルとしては危険であり、自身や職業自体の存続の危機であるとも言えるでしょう。

 

そこで、我々のようにある程度歳をとった人間はもちろん、今後歳をとって先輩や上司になる若い人々も考えなくてはなりません。

 

個人としては、自身の存在意義や価値を経年劣化させずに高いまま維持するためにはどうしたら良いのか。

また、組織やチームにこれまでとは違った形で貢献し続けるにはどうしたら良いのか。

 

より広い視点では、「知識や情報を持っていること」自体の価値が減少していく社会において、(知識産業に従事する人間は特に)、何を持って価値を提供することができるのか。

 

その答えにならない答え、というか最初の回答は、「知識や情報を利活用するメソッドやスキルを持つこと」でしょうし、「知識や情報をさらに深掘りすること」、そして上述のように、より人間的な部分である心理や感情に着目することなのではないでしょうか。

 

古くからある言葉である

「平凡な教師は言って聞かせる。 よい教師は説明する。優秀な教師はやってみせる。 しかし最高の教師は子どもの心に火をつける。」

ウィリアム・ウォード

 

は最後の話ですね。

1,2 番目の内容についてはもっと深掘りでき(てい)ますので、別の投稿で紹介できればと思います。

(とりあえずここでは終わり)

 

教師や学校の存在意義、役割、という視点に限定/戻すならば

 

工学院大学附属中学校 高橋一也氏もおっしゃっていますが、単に知識を伝える人間/場としての役割だけでなく、子供達同士を繋げる場所、人間対人間としてのコミュニティを形成し、お互いにコミュニケーションをして高め合っていく関係や場所、つまり Hub となることが重要ではないかと思います。

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