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Poor In Spirit - the Anti-DIY Lifestyle

DIY, or Do It Yourself, is the method of building or repairing things without the help of experts or professionals. So essentially, taking on a complicated project by yourself rather than trusting a professional to come do it for you. 639 more words

John

Together We Follow: Genesis 10

Yesterday, we read about a detailed interaction (the only one we’re shown) between Noah and his three sons. We saw Noah in a compromised position…and we saw how his sons handled the moment. 990 more words

Jesus

罪人?私が?(9月18日2016)

今日、私たちは、カルチャーショックのシリーズを続けます。

私は子供のころから教会に通っていたので、私にとって教会は当たり前の所です。しかし、人々が初めてこの教会に来ると、カルチャーショックを受けるかもしれない。彼らにとっては、私たちが言う事やすることが奇妙だと思うかもしれない。

だからこのシリーズで、これまで洗礼式と聖餐式の意味について話しました。でも、今日は、キリスト教の儀式についてではなく、別のことについて話します。

私が日本に初めて引っ越した時、一番びっくりしたのは、日本の儀式や習慣じゃなかった。一番びっくりしたのは、日本の天気と言葉です。

私は8月の終わりに、日本に来ました。私はハワイから来たけど、日本の夏の方が辛いです。ハワイでは昼間は暑いけど、夜は涼しくなります。でもここでは夜になっても、全然涼しくなりません。

来日してから私はある教会で、英会話の先生として働いていました。そして、先生たちは教会の寮に住んでいました。

ある日、牧師の奥さんは私とルームメイトの所に来て、尋ねました。「この寮にクーラーいるかしら。」

私は「クーラー?どうしてクーラーがここに要るんだろう。」と思いました。なぜなら、アメリカでは、「クーラー」というのは、「クーラーボックス」という意味だからです。

幸い、私のルームメイトは奥さんの言う意味がちゃんと分かったので、すぐに「はい、要ります」と答えました。

別の日、私が生徒と話した時、彼女は「シュークリームが好きです」と言いました。

でも、アメリカでは、「Shoe Cream]というのは、「靴磨き」という意味です。だから、私は本当に混乱していました。

言葉によって、私たちはカルチャーショックを受けるかもしれない。私たちはある言葉の意味が、相手にとっては、全然違う意味があったりします。

日本では、「罪」はそんな言葉です。なぜなら、日本では、「罪」というのは、「犯罪」という意味だからです。

だから、洗礼式の日に、ある人が初めてこの教会に来たら、本当にカルチャーショックを受けるかもしれない。「なぜ、教会では人々をそのお風呂の水に浸けるでしょうか。」

また、洗礼を受ける人は、時々このようなことを言います。「私は罪人ですが、神様は私を赦して下さいました。」

「罪人?この教会にいる人たちはどういう人たちなんだろう。この人は何をしたんだろうか。そんなに悪人だったんだろうか。」

また、時々、メッセージの時、牧師は言います。「すべての人々は罪を犯します。」

「私が罪を犯した?そんなことない。だって、何も盗まなし、誰も殺さないし。その牧師の言葉は、いったいどういう意味なんだろう。」

教会に行く人も、時々「罪」に関して、誤解をしています。彼らの頭には「悪いこと」のリストがあって、それらをしないなら、「私は大丈夫だ」と思います。

でも、神様は罪について何を言うでしょうか。神様は「罪」をどのように定義するでしょうか。

その答えは人間の初めと、その罪の話にあります。

神は仰せられた。「さあ人を造ろう。われわれのかたちとして、われわれに似せて。彼らが、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配するように。」

神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。神は彼らを祝福された。神は彼らに仰せられた。「生めよ。ふえよ。地を満たせ。地を従えよ。海の魚、空の鳥、地をはうすべての生き物を支配せよ。」(創世記1:26-28)

罪を理解するため、私たちは根本的な真理を学ぶべきです。それは、私たちは自然の偶然じゃありません。私はただの動物じゃありません。

神様が言ったのは、私たちが神様の形として創造されたという事です。

もちろん神様は霊なので、神様には肉体がないです。でも、神様は考えるし、話すし、愛するし、創造するし、選択します。そのように、私たちは神様の形を反映する。また、このことによって、私たちは動物と全然違います。動物もある程度まで、そのようなことができるけど、人間と動物のギャップは本当に大きいです。

そして、神様が私たちを創造した時、私たちにこの世を治める役割を与えてくださいました。また、神様は私たちにこう言った。「ふえよ。地を満たせ。」

どうしてでしょうか。私たちが神様の形を広めるためです。私たちはどこに行っても、神様の形を反映します。この全世界は神様の形と栄光を反映するべきです。

神様がこの世を造った時、すべては完ぺきでした。創世記一章で、神様は何回も、「これは良い」、「これは良い」、「これは良い」と言いました。

そして、2章では、人間の創造に関して、私たちはもっと具体的なことを学びます。最初に、神様は最初の男の人を創造しました。

神である主は土地のちりで人を形造り、その鼻にいのちの息を吹き込まれた。そこで人は生きものとなった。(創世記2:7)

その人の名前は「アダム」でした。実は、ヘブル語では、「アダム」と「人」という言葉は同じです。だから、日本語の聖書では、何回も「人」と書いてあるけど、英語の聖書では「アダム」と書いてあります。これから、私は「アダム」を使います。

神様はアダムを美しい園(つまり、エデン)に置いて、「そこを耕させ、またそこを守らせた。」(2:15)

そして、神様は彼に言った。「この園はあなたのためです。楽しんでください。たくさんの木があるよ。あなたは、園のどの木からも好きなように食べて良いです。」(2:16)

でも神様はこう言いました。

しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ。(2:17)

この善悪の知識の木はどんな木だったでしょうか。たくさんの人は、その木がリンゴの木だったと思います。でも、聖書にはそう書いてありません。実は、それは別に大切じゃないことです。大切なのは、その木の表すこと。つまり、信頼という事です。

神様はアダムに尋ねました。「あなたは私に信頼しているでしょうか。私があなたを愛していることを信じるでしょうか。私があなたの最善を望むことを信じるでしょうか。そう信じたら、私に従ってください。私の命令に従ってください。」

良い関係の中心は何でしょうか。それは信頼です。信頼がないと、人間関係はすぐにダメになってしまいます。信頼がないと、友達関係は長く続きません。結婚も長く続きません。

でも、神様との関に対しては、信頼は特に大切なんです。なぜなら、神様は善の源です。だから、神様から離れたら、あなたは善から離れます。そして、神様から遠く行けば行くほど、あなたは悪くなります。

神様から遠く離れる人もいます。だから、全ての人々はその人が悪いと分かります。(たとえば、ヒトラーみたいな人です)。

神様からちょっとだけ離れる人もいます。だから私たちの目の前に、その人はあまり悪くないです。また、「その人は良い人だ」と思うかもしれない。

しかし、あなたが神様から離れたら、あなたは悪に向かって歩いています。

だから、その木は「善悪の知識の木」と呼ばれました。アダムが神様に信頼したら、善の方と一緒に歩んでいます。だから、アダムは善しか知りません。でも、神様を立ち去って離れたら、アダムは悪の意味を学びます。

そして、神様はアダムに警告しました。「その道を行くと、あなたは死にます。」

なぜなら、神様は善の源だけではなくて、命の源でもあるからです。あなたが命の源から離れたら、その先には死しかないです。

だから、神様はアダムに言った。「私に信頼してください。それは命の道です。」

アダムはそうしました。

そして、神様は最初の女の人を造りました。その名前はエバでした。創世記で、こう書いてあります。

神である主は深い眠りをその人に下されたので、彼は眠った。そして、彼のあばら骨の一つを取り、そのところの肉をふさがれた。神である主は、人から取ったあばら骨をひとりの女に造り上げ、その女を人のところに連れて来られた。(2:21ー22)

アダムがエバを初めて会った時、彼はとても興奮して詩を作りました。

これこそ、今や、私の骨からの骨、私の肉からの肉。これを女と名づけよう。これは男から取られたのだから。(2:23)

そして、25節で、こう書いてあります。

人とその妻は、ふたりとも裸であったが、互いに恥ずかしいと思わなかった。(2:25)

あなたの伴侶があなたのすべてを知っているなら、あなたはどう感じるでしょうか。つまり、一日中、あなたの伴侶があなたの思いを読むことができたら、あなたは時々恥ずかしくないでしょうか。私たち皆は隠したいことがあります。私たちは完全じゃない者だから。

でも、アダムとエバは完璧でした。彼らは全然恥ずかしくなかった。自分の体については全然恥ずかしくなかった。また自分の思いについては、全然恥ずかしくなかった。彼らの関係は完璧でした。

じゃあ、どうして、私たちの関係はもう完璧ではないのでしょうか。何が起こったでしょうか。

創世記3章を読みましょう。

さて、神である主が造られたあらゆる野の獣のうちで、蛇が一番狡猾であった。蛇は女に言った。「あなたがたは、園のどんな木からも食べてはならない、と神は、ほんとうに言われたのですか。」

女は蛇に言った。「私たちは、園にある木の実を食べてよいのです。しかし、園の中央にある木の実について、神は、『あなたがたは、それを食べてはならない。それに触れてもいけない。あなたがたが死ぬといけないからだ』と仰せになりました。」

そこで、蛇は女に言った。「あなたがたは決して死にません。あなたがたがそれを食べるその時、あなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになり、善悪を知るようになることを神は知っているのです。」

そこで女が見ると、その木は、まことに食べるのに良く、目に慕わしく、賢くするというその木はいかにも好ましかった。それで女はその実を取って食べ、いっしょにいた夫にも与えたので、夫も食べた。このようにして、ふたりの目は開かれ、それで彼らは自分たちが裸であることを知った。そこで、彼らは、いちじくの葉をつづり合わせて、自分たちの腰のおおいを作った。(3:1-7)

あなたは「この話はおかしい」と思うかもしれない。「話す蛇だって。本当に?本当にそう信じていますか?」

はい。そう信じています。なぜなら、この世に、私たちが見えない力があると思うから。もし、神様が存在しているなら、悪魔も存在していることは信じにくいことでしょうか。

私の友達は、ある夜寝ている時に急に目が覚めました。でも、彼は全然動くことができなかった。ある力が彼を抑えていて、彼は呼吸困難になりました。でも、彼が「イエス様、助けて」と言うと、その力は急になくなったそうです。

私は何回もそのような話を聞いたことがあります。友達からも、親族からも、聞いたことがあります。ハワイにいる人からも、日本にいる人からも聞きました。クリスチャンじゃない人からも聞きました。彼らは本当に怖がりました。神様からじゃない霊もいると思います。

この箇所によれば、その蛇はサタン(つまり悪魔)につかれました。サタンはエバが善悪の知識の木の近くにいることを見ました。どうして、エバがそこにいたか分からないけど、一つのことを覚えていてください。それは、神様がアダムにその木に関して命じた時、エバがまだいなかったということです。

神様は直接エバにその木について警告したかもしれないけど、神様はそうしなかったと思います。多分、アダムがエバにその命令を伝えました。アダムが神様に信頼するように、エバがアダムに信頼するべきだったと思います。

サタンは何をしようとしましたか。その神様との信頼関係と、アダムとの信頼関係を破ろうとしました。

以前言ったように、良い関係の中心は信頼することです。だから、サタンはエバの心に疑いの種を蒔きました。

彼は言った。

あなたがたは、園のどんな木からも食べてはならない、と神は、ほんとうに言われたのですか。(3:1)

サタンは神様の命令を本当に大げさに言いました。「一本の木から食べるな」という命令は、「どんな木からも食べてはならない」という命令になりました。

サタンは言いました。「神様はそんなことを本当に言っていたでしょうか。信じられない。アダムはちゃんとその命令を聞いていたでしょうか。彼は間違えたかもしれない。」

だから、サタンはアダムに関してエバの心に疑いの種を蒔きました。

でも、もう一つの種も蒔きました。神様の良さに対する疑いの種です。「神様が良い方なら、どうしてそんな命令を与えるのでしょう。信じられない。」

つまり、「神様が本当にそう言ったら、どうしてあなたはその命令に従うべきでしょうか。「園のどんな木からも食べてはならない。」それは本当にけちな態度です。」

エバはすぐにサタンの言葉を正したけど、彼女も言葉をちょっと間違えました。彼女は言った。

私たちは、園にある木の実を食べてよいのです。しかし、園の中央にある木の実について、神は、「あなたがたは、それを食べてはならない。それに触れてもいけない。あなたがたが死ぬといけないからだ」と仰せになりました。(3:2ー3

以前私は「多分神様は直接エバに木に関する命令を伝えなかった」と言いました。その理由の一つは、神様が「その木を触れてもいけない」と言わなかったということです。

でも、エバを守るために、多分アダムはそのルールをつけ加えたかもしれない。親は、よくそんなことをします。例えば、彼らは子供に「コンロを触るな」と言うけど、「台所に入っては、だめだ」ということも言います。

多分、アダムはそのようなことをしたと思います。

それまで、サタンは「アダムは間違えたのでは?」と言ったし、「神様はちょっとけちじゃないですか。」と言ったけど、急に真っ赤な嘘をつきました。

あなたがたは決して死にません。(3:4)

サタンは神様の言葉を強く否定しました。

そして、その嘘に少しだけ真理を混ぜました。

あなたがたがそれを食べるその時、あなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになり、善悪を知るようになることを神は知っているのです。(3:5)

それは本当でしょうか。はい、そうです。しかし、神様が善悪を知っていることは、アダムとエバが善悪を知っていることは全然違いました。

私の友達はガンにかかりました。そのお医者さんたちはガンをよく知っています。彼らはよくガンとその治療を勉強しています。しかし、彼ら自身はガンにかかっていません。ガンは彼らの体の外です。

しかし、私の友達はガンを本当に知っています。彼の体の中にあるので、その影響をよく知っています。だから、ガンが彼を殺す前に、彼はそのガンを殺そうとしています。

私の友達のお医者さんがガンを知っているように、神様は悪を知っていました。神様は悪の影響と力をよく知っていました。しかし、その悪は神様の中にはないものです。

でも、アダムとエバが悪を知るのに、彼らは神様から立ち去って、悪を直接経験しなくてはならなかった。しかし、そうすると、彼らは悪の苦しみが分かるようになります。

サタンはそのことをバに伝えなかった。むしろ、彼は言った。「その木には、良いものがあるよ。それを食べると、特別な知識を得られる。あなたは神のようになります。多分、アダムが神様の命令を誤解したんじゃないですか。または、神様はこの良いものをあなたに与えたくないのです。でも、この良いものを持ったほうがいいんじゃないですか。」

現代でも、サタンは同じ嘘をつきます。神様は私たちの利益のためにいろんな戒めを与えてくださいます。神様は私たちと良い関係を望みます。また、私たちが良い結婚や、良い友達関係や、良い人間関係があるように望みます。神様は私たちの人生がうまくいくように望みます。

でも、時々、人々は言います。「神様はそんなことを言わないはずです。神様が本当にそう言ったら、神様は良い方じゃないです。」

ほかの人々は言います。「神様はあなたの楽しみを台無しにしたいです。神様の命令に従うと、楽しい人生を生きることができない。」

サタンはエバにその嘘をつきました。そして、エバはその嘘を信じました。

そこで女が見ると、その木は、まことに食べるのに良く、目に慕わしく、賢くするというその木はいかにも好ましかった。それで女はその実を取って食べ「ました。」(3:6a )

エバがその命令を破った時、彼女は罪を犯しました。第一テモテで、こう書いてあります。

女「つまり、エバ」は惑わされてしまい、あやまちを犯しました。(第一テモテ2:14b)

今日の最初のポイントは、罪というのは神様の命令を破ることです。その命令が大きくても、小さくてもかまいません。その命令を破るなら、あなたは罪を犯します。

あなたは聖書からの命令を知っているけど、その命令を破ると、あなたは罪を犯すことになります。神様は「嘘をつくな」、と「噂を広めるな」と言いました。あなたはその命令を破ったことがあるでしょうか。その命令を破ったら、あなたは罪を犯したことになります。

でも、神様は私たちの行動だけではなくて、私たちの心も見ます。神様は「周りの人のものを欲しがってはならない。」

また、「周りの人を憎んではならない。相手があなたを傷つけたら、許しなさい」と言いました。あなたはその命令を破ったことがあるでしょうか。破ったことがあるのなら、あなたは罪人です。

それだけではなく、神様はこうも言いました。

こういうわけで、なすべき正しいことを知っていながら行なわないなら、それはその人の罪です。(ヤコブ4:17)

助けが必要な人を見たことがるでしょうか。その時、あなたは忙しくて、また、怠けたので、助けてあげなかったでしょうか。もしくは、あなたはけちだったので、助けてあげなかったでしょか。それも罪です。

あなたは「私は聖書をよく知らない。どうして神様は私を責めるでしょうか」と言うかもしれない。

それは言い訳じゃないです。なぜなら、私たち皆には良心があるから。神様は自分の命令を私たちの心に書きました。

どれぐらい、あなたの言葉か行動によって、周りの人を傷つけてきたでしょうか。その時、あなたには罪悪感があったと思います。またどれぐらい、あなたは悪いことをして、罪悪感があったでしょうか。その罪悪感があったのなら、あなたが神様の命令を知っていることを意味します。あなたはすべての命令を知らないかもしれないけど、知っている命令もあります。それでも、あなたはその命令を破りました。それは罪です。

エバはその実を食べた後で、彼女は「いっしょにいた夫にも与えたので、夫も食べた。 」(3:6b)

いつアダムは来ていたでしょうか。エバと蛇の会話の最初からでしょうか。その途中でしょうか。エバが食べた後ででしょうか。私たちは分からないけど、私たちが知っているのは、エバがアダムにその実を与えた時、アダムが騙されていなかったということです。パウロはこう言いました。

アダムは惑わされなかった。(第一テモテ2:14a)。

私はエバの心をよく知らないけど、おそらく、彼女は神様に反抗しようと思わなかったかもしれない。彼女は、アダムが本当に神様の命令を誤解したと思ったかもしれない。

でも、アダムは直接神様の命令を聞きました。彼には、全然言い訳がなかった。彼が神様の命令をよく知っていたのに、その命令を破りました。なぜでしょうか。彼は、わざと神様に反抗して、自分の道を行くことを決めたから。

今日の次のポイントはそれです。罪というのは、神様に反抗し、自分の道を行くことです。

アダムは自分の行動を通して、神様に言いました。「神様、あなたの命令を知っています。でも、あなたを信じません。あなたが私の最善を望むことを信じません。だから、私は自分の道を行きます。その実を食べます。」

その不信仰の態度、またその反抗的な態度は、すべての罪の根です。もし、私たちが神様を本当に信じたら、神様の命令を破るでしょうか。

でも私たちは言います。「神様はこのことに関して、間違えています。私は神様よりも知っている。」

そして、私たちは自分の道を行きます。私たちは自分自身を神にします。私たちは自分自身の善悪の標準を作ります。でも、それは罪です。

アダムとエバの罪の結果は何でしたか。彼らはすぐに恥ずかしくなりました。

このようにして、ふたりの目は開かれ、それで彼らは自分たちが裸であることを知った。そこで、彼らは、いちじくの葉をつづり合わせて、自分たちの腰のおおいを作った。(創世記3:7)

彼らの美しい正直な関係は一瞬にしてなくなってしまいました。

そして、神様は園に来ました。その罪を犯す前にだったら、アダムとエバは、神様を喜んで迎えに行ったのでしょうけれど、今彼らは逃げて隠れました。

だから、神様はアダムを呼びました。エバを呼ばなかった。アダムだけを呼びました。

あなたは、どこにいるのか。(創世記3:9)

それは、神様がアダムだけに命令を直接言ったことを私が信じる2つ目の理由です。エバはアダムの先に罪を犯したけど、アダムにはエバよりも責任がありました。神様はアダムに訊いた。

あなたは(あなた方ではなく)、食べてはならない、と命じておいた木から食べたのか。(3:11)

アダムはエバを責めました。それだけではなく、アダムは神様も責めました。

あなたが私のそばに置かれたこの女が、あの木から取って私にくれたので、私は食べたのです。(3:12)

その言葉によって、アダムとエバとの壊れた関係が見えるし、アダムと神様との壊れた関係が見えます。

エバは蛇を責めようとしました。しかし、その言い訳は聞かれませんでした。彼らは園から追い出されました。そして、結局、彼らは死にました。

それでも、神様は彼らに哀れみを与えてくださいました。最初に、神様は動物を殺して、アダムとエバのために皮の衣を作り、彼らに着せてくださいました。神様は彼らの恥ずかしさを覆いました。

そして、神様は彼らに救い主を送ることを約束しました。神様が蛇と話した時、サタンにこう言いました。

おまえの子孫と女の子孫との間に、敵意を置く。彼は、おまえの頭を踏み砕き、おまえは、彼のかかとにかみつく。(3:15)

それはイエス様に関しての最初の預言です。イエス様は十字架で本当に苦しみました。でも、イエス様が死んだときに、イエス様は私たちの罪の罰を受けてくださいました。そのわざによってイエス様はサタンを打ち破りました。

そして、動物の死がアダムとエバの恥ずかしさを覆ったように、イエス様の死は私たちの恥ずかしさを覆います。そして、イエス様は私たちが神様に戻る道を作りました。

その道は何でしょうか。私の悪い罪を清算するために、たくさんの良いことをすることでしょうか。違います。ユダヤ人たちはイエス様に尋ねた。

「私たちは、神のわざを行なうために、何をすべきでしょうか。」

イエスは答えて言われた。「あなたがたが、神が遣わした者を信じること、それが神のわざです。」 (ヨハネ6:28-29)

つまり、一番大切なのは、イエス様を信じる事です。

どうしてでしょうか。なぜなら、罪のが反対は良い行動ではないのです。罪の反対は信頼することです。私たちはアダムとエバが罪を犯す前に、神様に信頼する生活に戻るべきです。私たちはこう祈るべきです。

神様、これから、私はあなたに信頼します。あなたに信頼するので、私はあなたに従います。私の王になってください。私は最初にこのようにあなたを信じます。私の罪のために自分の良い行動によって支払おうとしません。なぜなら、それは無理だから。どんなに頑張っても、私はその代価を支払うことができません。むしろ、私はイエス様の十字架の働きを信じます。私の罪を赦して下さい。イエス様、あなたが私の罪のために死んでくださり感謝します。あなたの永遠のの命の賜物を受けます。イエス様のみ名によって祈ります。アーメン。

あなたはどうですか。今日、その決断をするでしょうか。神様に、もう反抗しないでしょうか。神様に信頼して、あなたの人生のすべてを捧げるでしょうか。

Old Testament

Christ in Genesis: In the Beginning

“In the beginning, God created the heavens and the earth” (Genesis 1:1). Traditionally, Christians think of God the Father as the Creator—“I believe in God the Father Almighty, Maker of heaven and earth” (The Apostles’ Creed). 1,274 more words

Jesus Christ

Stairway to Heaven

Gen. 28.10-22; Jn. 1.51

Imagine discovering a stairway to heaven! Imagine looking up and seeing the Lord at the top of the stairway speaking to you and promising you his presence and protection, and telling you that he wants you to be part of his plan to bless the whole world! 797 more words

Lesson Plan

We cannot hide from the results of our decisions

Genesis 3:1-3 (AMPC) 3 Now the serpent was more subtle and crafty than any living creature of the field which the Lord God had made. And he said to the woman, Can it really be that God has said, You shall not eat from every tree of the garden? 629 more words

Daily Word Posts

The Implications of Biblical Creationism - Genesis 1:1

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Genuine belief in biblical creationism provides a worldview foundation that affects every aspect of one’s life. Jonathan Edwards shows us how crucial this belief is while answering the following questions. 38 more words

Sermons