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Harlem mom and college student fights for leak repairs in young son's room

Student and mother Jada Patterson, who lives at the Cornelius J. Drew-Alexander Hamilton Houses in Harlem. says she’s been getting the runaround from the city for months over leaks in her apartment. 214 more words

News

Harlem Creek at 116th Street, Manhattan

In my search for images of Harlem Creek I had doubts whether any photos existed of a stream flowing through upper Manhattan on its way to the site of… 1,128 more words

Manhattan

Harlem Jazz Series - Melissa Slocum

June 7, 2019 7:00pm – 9:00pm

Melissa Slocum has been performing worldwide since 1982, and worked with such legends as Art Blakey, Lionel Hampton, Cab Calloway, Clark Terry, Wynton Marsalis, Woody Shaw and Hank Jones. 159 more words

Music

Harlem Eat Up, Part Two

Last year, when I was just starting to freelance for the Village Voice (R.I.P.), I was starting to gather notes about Harlem Eat Up, the annual two-day festival of Harlem’s food scene co-founded by celebrity chef Marcus Samuelsson. 431 more words

Journalism

City Walks Harlem Parts 2 & 3

This is my first walk of 2019 and it was a beautiful and sunny day in NYC. I went with a friend this time (yay, Jessica!) and we did the cards a little backwards, starting with Part 3 and then moving into Part 2. 300 more words

Malcolm X Day - 生きていたら94歳、誕生日おめでとう、マルコムX

Happy 94th Birthday, Malcolm X

5月19日はマルコムXのお誕生日です。生きていたら94歳になります。

黒人社会だけでなく、世界に影響を及ぼしたマルコムXの功績をいま一度おさらいしてみませんか。

マルコム・リトル、1925年5月19日、ネブラスカ州オマハ生まれ。父親のアール・リトルは「アフリカに帰ろう運動」の指導者、マーカス・ガーヴィーの支持者で、その組織、UNIA (Universal Negro Improvement Association) のオマハ支部長でした。黒人の尊厳を主張し、誇り高い父親でしたが、その、“白人には屈しないぞ”という態度は、クー・クラックス・クラン (KKK) など、白人至上主義者たちから反感を買い、目の敵にされます。とうとう、マルコムが6歳だった1931年、アール・リトルは手足を縛られ、市電 (streetcar) に轢き殺されてしまいます。マルコム少年は、父を殺したのは紛れもなくあいつ等(白人至上主義者)の仕業だと信じ込み、白人たちを忌み嫌うようになりました。

自暴自棄な青春時代を送り、刑務所で「Nation of Islamネィション・オブ・イスラム」という、ブラックのモスレム過激派組織のことを知ります。指導者のエライジャ・モハメッドに、手紙を書き、ネィション・オブ・イスラムに入門しました。出所後は、心を入れ替え、イスラムの教えに従い、「NOI ネィション・オブ・イスラム」の活動に身を捧げようと誓います。こうして、奴隷を引きずっていた「マルコム・リトル」は、「マルコムX」に生まれ変わったのです。背が高くハンサムな容貌、カリスマ性とパワフルで巧みな演説で、マルコムはやがてエライジャの右腕的存在になります。

1954年、マルコムは、NOI のモスク、ニューヨークはハーレムの第7テンプルを任されます。あらたな会員をリクルートするのがマルコムの当面の務めでした。集めた会員の数は、25,000、または75,000とも言われています。マルコムは、「白人は悪魔だ。オレたち黒人は、自分たちの社会を作らないといけない。」などとハーレム路上で演説し、その影響力はしだいに大きくなり、FBIやCIAなどからも危険人物とみなされるようになります。

厳しい表情で演説するマルコムの印象が強いのですが、知られざる面もたくさんあります。たとえば、当時流行っていたダンス、リンジー・ホップがすごく得意でダンス・コンテストで優勝したりとか、まだ NOI に入る前、ハーレムのレストラン、「ジミーズ・チキン・シャック」で冗談をいいながら皿洗いをしていた仲間が、のちに有名なコメディアンになったレッド・フォックスだったり……。映画、「風と共に去りぬ」を観た時、スカーレット(ヴィヴィアン・リー)の女中、プリッシー(バタフライ・マクィーン)の甲高い声と、描かれ方のバカさ加減に幻滅したなどなど…..。 21 more words