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Flying Colors: A Movie Review

It’s been a while since i have watched a Japanese movie. I think the last one was the live action of Attack on Titans Part I, and it was back in August 2015. 502 more words

Reflection

私らしい生き方ってなんだろう。

2015年は、進路を選択しなければならない人生の岐路に立たされたことで、何度も自分に問い続け、答えを出そうとし続けた一年でした。

UC Berkeley校に留学する前の私は、「卒業後はまず、就職をするものだ」と当たり前の様に考えていました。英語で取材・発信できるジャーナリストになりたいという志を胸に、留学先の学生新聞社で働き始めたこともあり、日本か海外で報道にの道に進もうと漠然と思っていました。

しかし、帰国前の4月頃「だんだん街にスーツの子が増えてきたよ。就職活動は米国からでもできるのかな。」と、父からもらったメッセージをきっかけに、妙な胸騒ぎと、戸惑いを覚えました。

2014年8月から働き始めたUC Berkeleyの学生新聞社”The Daily Californian”で、私は最初の3ヶ月間をマルチメディア部門のビデオレポーターとして、年始からは部門代表に就任し、動画製作の他、チームのマネジメントから社の意思決定、論説にまで携わるポジションで、バリバリ働きました。

しかし、「記事を英語で執筆する」というジャーナリズムのコアな活動にまで至らなかったことに、ずっとむずむずしていたのです。

だったらバークレーに夏休み3ヶ月残り、ニュース部門の記者として活動し、就職活動は来年しようと、5月に大きな決断をしました。勿論その時は、果たして自分が数時間のデッドラインのプレッシャーの中記事を書き上げられるか、全く自信なんてありませんでした。

それでも、「もう決めたなら、突っ走るしかない。」 そう思いながら、無我夢中に走り抜けました。

とにかく全力で打ち込むことで気がついたことが一つあります。

やりたいことを思いっきりやることは、本当に爽快で、楽しいということです。

苦しいこともたくさんあるけれど、乗り越えた壁が大きければ大きいほど、心から笑顔になれるような気がします。

8月、本帰国をする段階になって、自分を鍛えてくれたバークレーやサンフランシスコを離れることが、本当に寂しかったです。しかし、後悔は何一つありませんでした。

自分が信じた方角へ、思い切り進もう。そういう生き方をしたいと強く思いました。

20本の動画と20本の記事を執筆をしたという実績を残すことで、帰国後は幸いにも”The Japan Times”や”The Economist”でのインターンとして雇って頂く事ができました。そして、そこでは日米での取材活動を通じ、自分のこれまでの視野の狭さに気付かされました。

  • 米国でいまだ根強い人種差別の解消を目指し、待遇改善を訴えるパワフルな黒人学生達(動画
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Japan: Aomori (Sannai-Maruyama Ruins/ 三内丸山遺跡)

Many visitors to Japan are in love with the country’s rich history and visit the countless castles and historic sites associated with Japan’s feudal period… 348 more words

Japan

米国ワシントンDCのシンクタンクCenter for the Study of Presidency and Congressが主催するアメリカ政治のリサーチプログラム、Presidential Fellows Programに一週間、日本代表の一人として参加してきました。

このプログラムは8月頃から次の年の5月までの8ヶ月間で、米国議会と大統領制に関するテーマを選び、15ページ程度の論文を書き上げるものです。秋と春には全60名程のPresidential Fellowsが3日間ワシントンDCに集結し、民間のシンクタンクや米国議員、官僚の方から直接お話をお伺いする機会が大きな魅力です。今年は米国学生が各大学から50人程と私を含めたInternational Fellowsが12名参加し、日本からは京大と早稲田の学生も選抜され3人で参加しました。

米国西海岸のUC Berkeley留学中、政治を勉強しながら現場との距離を感じていましたが、ワシントンDCは米国・世界の政治のまさにど真ん中で迫力がありました。

第一の驚きは、ダレス空港に到着し、迎えに来てくれたカーサービスのドライバーとの会話。レバノンの大統領、サウジアラビアの王様、など世界中の国賓階級を乗せたことがあるとか、とにかく話題が豊富。サンフランシスコのウーバードライバーも面白いバックグラウンドですが、やはりスケールが違います。私のような一般人を運んでくれてありがとう!と握手して、ホテルへ向かいました。

カンファレンス初日のランチも忘れがたいです。Metropolitan Clubで今回の研修のスポンサーであるANAとTOYOTAの方や主催シンクタンクのCEOが、日本学生をランチに招待して下さいました。会場に向かう途中、ウィーンウィーンとパトカーが道に突っ込んだかと思うと、道を封鎖。なんだ?と会場に入ると、入り口では空港並みのセキュリティーチェックが待ち受けていました。ケータイも鞄にしまうように厳しく言われ、名刺交換も禁止。

「本日はオバマ大統領がお越しだ。民主党上院議員が全員集るらしい」とこそこそ話しているのが聞こえました。残念ながらお目にかかることはできませんでしたが、実際私達のすぐ下の階にいらっしゃっていたようです。また、驚くことに日本の元首相がすぐ近くのテーブルで食事をしにいらっしゃいました。

街が政治家、政府関係者、研究者が集るワシントンDCは、情報が飛び交い、知的でプロフェッショナルな空気に満ちていました。まさに米国・世界が動いて行く様子を肌で感じることができました。

しかし、実はCapitol Hillで最も重視されることは、学歴や頭の良さよりも、人間力や信頼、ネットワークの広さであり、まさに機会平等の実力主義社会。誰にでもチャンスはあるというアメリカらしい制度は、少しストレスフルではあるかもしれないけれど、エネルギーと可能性に溢れ、皆がキラキラしていました。

政治のみならず、ヨーロッパ文明が隅々に感じられる歴史や文化においても、西海岸との違いを多いに感じられました。

まず、最高裁判所、リンカーン・メモリアル、キャピタル(米国議会の会場)など、全体として、民主主義の聖地ギリシアのと共和政の原点であるローマの建築様式を真似た建物が多く見られます。これらの価値を建国以来の理念として国内外にアピールしてきたことが、全面的に主張された街です。

また、International Fellows のメンバーとは、南北戦争の跡地であるゲティスバーグの戦場を見学しました。砲弾、フェンスがそのまま残され戦争の激しさ残酷さがリアルに感じられました。様々な対立を経ながらも、国家としてまとまろうと、当時の政治指導者達が努力を重ねて来た19世紀後半の米国の足跡を、当事者意識を持って追うことができる興味深いツアーでした。それほどの戦いを行った南と北。一世紀半経った現代にもまだ対立が根強く残っていても仕方がないのでしょう。 63 more words

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Japan '15-'16

On the 8th of September 2015, I arrived in Japan for my year as an exchange student at Keio university. Fast forward a couple of months, and here I am writing this blogpost, months overdue at the end of my first semester. 209 more words

Daily Life

I went to have teppanyaki with my family–a Japanese cuisine which uses a large iron pan to cook meat and vegetables.

The entertaining chef at… 138 more words

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MEXT scholarship: undergraduate Japanese Studies 2015-2016

First of all, I’m going to Keio university for a year with a MEXT scholarship, and I’m so excited!!

For my exchange to Japan I applied for the MEXT scholarship for Japanese studies at the embassy of Japan in the Netherlands. 1,203 more words

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