Tags » Philosophy Of Science

Friday Constitutional: Kant, Immigration, New Orleans and Theodicy

New from Cambridge University Press, Kant’s Construction of Nature:

Through a meticulously close reading of Kant’s work, Stanford philosopher Michael Friedman‘s latest research demonstrates that many scholars have previously underplayed or misunderstood the impact of Isaac Newton’s scientific writings on the eminent philosopher’s thought. 86 more words

Philosophy

Why do we engage in space exploration?

A review of diverse perspectives on space exploration and extraterrestrial life reveal fundamentally human hopes, fears and flaws

Since the dawn of civilization thousands of years ago, humans have looked to the skies. 1,648 more words

Astronomy & Astrophysics

Why we lost the atmosphere of constructive debates

In my previous post I discussed the problem of overheated and narrow-minded debates between two opposite opinions [here]. And one thing was really clear for me: There was no atmosphere of constructive debate. 834 more words

Science

Is Tarot an Art or a Science?

I’ve given a lot of thought to this question over the years. To me, it seems to illuminate a fundamental schism in the Tarot community, between two different (and perhaps even irreconcilable) reading styles: “traditional” readers and “intuitive” readers. 1,391 more words

Tarot

意味の実在論1

本ブログでは,言葉の意味とは何なのか,言葉の意味とはこれです,あれです,という主張はそもそも成立するのか,といった問いに関する伝統的議論を少し検討している.この言葉の意味はこれです,などといった主張の正当性を疑問視する立場は,意味の反実在論,と呼ぶことができるかもしれない.

先日,意味の反実在論に関して,井頭昌彦氏に有益なコメントをいただいたので,そのうちのいくつかをすこしずつ紹介したい.井頭氏が記録を部分的にツイッター上に残してくれているので,それを利用しよう.

クワインは形而上学的な意味でも体系内在主義的な意味でも反実在論者だけど、「意味の実在論」と言われる立場を支持するためには、両方に反駁する必要はない。前者の意味での反実在論を認めつつ、後者の意味での実在論を支持することは普通に可能。ちなみに、チョムスキーはおそらくこの立場。(ツイッター)

これはどういうことだろうか.科学哲学分野には,科学的実在論・反実在論の論争がある.科学的理論あるいは科学全体をどういうものとして理解するべきか,にまつわる論争である.わたしが理解するラフな科学的反実在論の立場というものは,以下のような「ふつうの」科学に対する見解をなんらかの形で否定するような立場である.

科学理論とは真であったり偽であったりするものである.理論と独立に存在する何らかの事物を,正確に記述している,正しく表しているなら,理論は真であるし,そうでないなら偽である.

例えば,科学的反実在論者は,理論は真だったり偽であったりするわけではなく,道具のようなものであると主張するかもしれない.いろいろなことと整合的で便利である理論が「正しい」のである.

科学的実在論論争は,科学すべてをとりあつかうものなので,たいへんスコープの広いトピックである.一般的な言語学者(チョムスキー派であろうとなかろうと)が,そこにおけるなんらかの立場の成否にコミットする,あるいは責任を持つ(自らの理論がそれに依拠する)と考える方が不自然だろう.

(これは実はあまり正確でなく,多くの言語学者は哲学的素養がある.例えば,某ミニマリストはパトナムについて哲学でPhDをとって,そのまま言語学者として就職している.つまりむしろ言語学の学位を持たない.若い人物でも,学部や修士は哲学という人がいる.)

言語学者が想定するあるいは積極的に措定するなんらかの理論的存在者の「実在」は,それを含む理論の成功によって保証される.言語学者間そして隣接分野の研究者をまきこんで,言語学の理論の正しさが議論されていくのである.言語学者が,理論を提出する中で「意味の実在」にコミットすることは大いにありえるだろう.そしてその理論の正しさが検討され,理論が言語学・隣接分野で成功するならば,「意味は実在する」のである.

重要なのは,ゴリゴリの科学的反実在論者も,前段落の語りをすべて条件付きで肯定できる,という点である.言語学の中で理論が成功し「正しい」と認められ,理論が含意する存在者が「実在する」と述べることは,科学内部のディスコースとしてはまったく問題がない.平日言語学者としての活動と,週末哲学者としての活動は切り離すことができるのである.

「意味の実在」が,科学的実在論を肯定する意味で述べられているのならば,科学的反実在論者はそれを認めることができない.しかし,言語学者・言語哲学者は,科学的実在論を含意する意味で,「意味が実在する」と述べなくてもいいのである.

さて,では,科学的実在論・反実在論論争を切り離し,あくまで科学内部の議論として「意味の実在」について考慮した時,意味の実在論は正しいのだろうか.この問いについては後日検討しよう.

God makes scientific laws comprehensible

Professor John Lennox, who once defeated Richard Dawkins in a debate, said:

The very reason science flourished so vigorously in the 16th and 17th centuries was precisely because of the belief that the laws of nature which were then being discovered and defined reflected the influence of a divine law-giver.

134 more words
Quotes