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Cafe Everest 3

限りなく細く研ぎ澄まされたブラッドオレンジの月が、
ガラスに刻まれた空間の向こう側でコンクリートの間隙へと沈み込んでいった。
断絶された煤けた時刻は、
凍りついた沈黙の中で微かに鼓動するだけだった。

もう長い間、月をじっくり眺めたことなどない。急ぎ足で駅に向かい、滑り込んできた電車のドアに考える余裕もなく吸い込まれ、ようやくつり革を確保するとスマートフォンでメッセージを確認する。そうやって始まった1日は、ビルの明かりに照らされた谷間を小走りに駅に向かう事で、ようやく終わりにたどり着いた。仕事の仲間とあれほど楽しそうに話しても、一度ビルを出ればすれ違う夜の人影と対して違いはなかった。
「ネパール料理ってどんなのが?」
そう言いかけて、目をコーヒーに戻し、出かかった言葉はどこかに霧散した。印刷したばかりの新聞に湿ったインクの匂いがまだ残っているように、時間だけが過ぎた会議室を後にしてもプロジェクターの埃が焼けるような匂いが鼻に残った。新しいことで胃を満たすのは次にしようと思った。向かいの椅子の上のバッグの中で、スマートフォンが小さく唸るのが聞こえた。
エベレスト・カフェのスピーカーからはジャズが流れ、片隅の観葉植物はエベレストとは無縁な熱帯の青々としたシダ植物を思わせた。飾り棚には木彫りの猿と象。そして様々な色の布。あらゆるものがこの小さなガラスの箱の中で場所を奪い合っている。そのひとつに自分が加わったのだった。壊れそうなキースジャレットのピアノが背中の方で冷たく舞った。灰色のダクトから押し出された空調の風が赤と黄色と緑の布を揺らし、その隣でありもしないどこかに向かってすっと広がった植物の葉が震えた。
「食べなければ、美味しくないのがわからない。運がなければ、美味しいのがわからない。」
店員がピアノを押しのけるように写真を差し出した。写真の横には小さな捻じ曲がった黒い文字でモモとあった。食べてみなければその美味しさはわからないのだと言いたいに違いない。そう思ったが、言葉を訂正するのはやめた。そんな必要はなかった。代わりに聞く。

「あの壁の棚にある象の置物は何?」
「木の象。お客さんのお土産。」
「インドの旅行のお土産?」
「インドは関係ない。」
「どこのお土産?」
「フランス。」
「そう。」

木を彫った象は天井のLEDライトを反射して黒く輝き、手作業の不規則な削り溝と光沢のある面がさざなみを作っていた。象はまたも鼻を持ち上げてから向こうを向いた。再びバッグの底に押し込められたスマートフォンが小さな呻き声をあげた。
別なプロジェクトの進み具合を話しながら会議室を後にする参加者の背中が視界から消えると、そこには空調の騒音が残された。小さなハム音の中にかすかに金属音が混じるそのノイズは、どこか長時間乗った飛行機の騒音に似ていると思った。テーブルの上のスマートフォンが鳴り、誰かが明日の会議の延期を告げた。オフにしたプロジェクターが冷却のためにファンを回し続ける。そのいつ終わるかわからない冷却を待ちながら、もう半年も会っていない友人の顔を思い出した時、生暖かい埃を吐き出すファンの音は唐突に終わりを告げた。
「木彫りの象がフランスのお土産なの?」
店員は答える前に頼んでもいない写真にあった料理の皿を差し出した。
「疲れてる。少しだけサービス。あなたは運がある。」
テーブルの上でネパールがこちらを見ていた。ふと、ネパールの旗がどんなだったか想像も出来ないことに気付いた。風景すら思い付かなかった。
両手のひらを広げてできるだけ多くをすくい取ろうと、じっと息を凝らしながら降りそそぐ雨粒を受け止め、やがて指の隙間から溢れる雨の多さに指を固くする。それでもわずかにしか雨は手に残らない。パウルクレーの描く線のように行為は単純化され、プロコフィエフの紡ぐ音のように牧歌的な繰り返しとなる。そうやって、時計の針が止まることなく回り続けるのを受け止めることができた。ネパールの山々から吹き下ろす冷たい風は、頭の中で断片化されたジグソーパズルのピースをかき集めた想像でしかなかった。手のひらに残された雨粒と同じだった。自分がどのドアの前に立っているのかすら分かっていないと、知らない誰かに言われたような気がした。ただドアの前に立って、無言で空気を吸って吐いているだけなのかもしれなかった。

フランス土産の木彫りの象はまだ壁の飾り棚にあった。

今週で最初の章を終えるつもりだったが、もう1回必要らしい。次がいつになるのかはまだ未定である。
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Photo

Sunday Photo Fiction - December 11th 2016

The idea of Sunday Photo Fiction is to create a story / poem or something using around about 200 words with the photo as a guide. 194 more words

Short Story

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Photo prompts are always a great challenge - here's one to get you writing on a Sunday!

Whangarei Falls

Yesterday, our friend and I went on a road trip north. Sadly, the weather was not cooperating. When we arrived at the falls, it was raining again and my camera got drenched. 21 more words

Photography